東京高等裁判所 平成7年(行ケ)292号 判決 1997年12月10日
東京都港区南青山2丁目1番1号
原告
本田技研工業株式会社
代表者代表取締役
川本信彦
訴訟代理人弁理士
落合健
同
仁木一明
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
指定代理人
鈴木泰彦
同
後藤千恵子
同
小川宗一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成3年審判第1101号事件について、平成7年9月18日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和60年7月3日、名称を「ローラ付カムフォロア」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭60-146241号)が、平成2年11月22日に拒絶査定を受けたので、平成3年1月17日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成3年審判第1101号事件として審理したうえ、平成7年9月18日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月13日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
カム(10)のカム面に接するローラ(9)の挿入空間(11)を挟んで相対向する一対の支持壁(w1.w2)を有するローラ保持部(1a)を、内燃機関の吸気弁もしくは排気弁(7)を開閉作動させるカムフォロア本体(1)に一体に形成し、前記各支持壁(w1.w2)を貫通するローラ軸孔(12)内には、全長に亘り等径に形成されるローラ軸(13)の両端部外周をそれぞれ嵌合させ、このローラ軸(13)の中間部に前記ローラ(9)をニードル(15a)を介して回転自在に支持させるようにした、ローラ付カムフォロアにおいて、前記ローラ軸(13)は、その外周面を高周波焼入れする一方、その両外端面を未焼入れとし、しかもそのローラ軸(13)の外周面は、前記ニードル(15a)と接触する中央部よりも両外端面近傍部の方が低硬度であり、前記ローラ軸(13)の各外端面周縁部を、対応する各ローラ軸孔(12)の外端縁に形成されて各支持壁(w1.w2)外端面に向かって拡がる面取り部(16)に、該ローラ軸(13)の各外端面を前記各支持壁(w1.w2)の前記外端面よりも外方へ張り出させずにかしめ固定(17)したことを特徴とする、ローラ付カムフォロア。
3 審決の理由の要点
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、実願昭58-180156号(実開昭60-88016号)のマイクロフィルム(以下「引用例1」といい、そこに記載された発明を「引用例発明1」という。)及び1983年発行日本精工株式会社のカタログ「NSK TORRINGTON NEEDLE ROLLER BEARINGS Pr.No.1415」(以下「引用例2」といい、そこに記載された発明を「引用例発明2」という。)に記載された発明並びに周知技術に基づいて、当業者が容易に発明できたものと認められるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、引用例1及び2の記載事項の認定(審決書7頁17~19行を除く。)、本願発明と引用例発明1との一致点及び相違点の認定は、いずれも認める。
なお、引用例発明1において、ローラ軸のかしめ加工の対象が軸の端面自体か端面周囲の取付穴開口縁部かは明確でないのであるから、審決が相違点2の判断において、「本願発明の前記相違点2の構成は、単にかしめ固定に関する従来周知の技術を採用にしたにすぎない。」(審決書9頁15~17行)と判断したことは誤りであるが、軸のかしめ固定にあたって、軸をかしめるか支持壁をかしめるかは、いずれもが周知技術であり、これらの周知技術を引用例発明1に適用することが困難であるとはいえないから、審決の相違点2についての判断は争わない。
審決は、引用例発明2及び周知技術を誤認した結果、本願発明と引用例発明1との相違点1についての判断を誤ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 取消事由(相違点1の判断誤り)
本願発明は、ローラ軸の「外周面を高周波焼入れとする一方、その両外端面を未焼入れとし、しかもそのローラ軸の外周面は、ニードルと接触する中央部よりも両外端面近傍部の方が低硬度である」構成により、ローラ軸外周面のニードルと接触する中央部(軌道面)だけでなく、その両外側に隣接してローラ軸孔に直接嵌合する軸部分の外周面も高周波焼入れされて硬化されるため、吸排気弁等を開閉作動させる際にカムからローラを介して繰り返し受ける大きな叩かれ荷重により、ローラ軸の上記軸部分や該軸部分と軸中央部との境界部分が変形して心ずれを起こし、弁の開閉タイミングや作動リフト量がずれて機関性能に悪影響が起こるという内燃機関用ローラ付カムフォロアに特有の問題点を解決できるようにしたものである。しかも、その高周波焼入れしたローラ軸外周面の両外端面近傍を低硬度とした構成と、ローラ軸の両外端面を未焼入れとした構成とによって、1つのローラ軸について、変形摩耗の低減要求と、軸端のかしめ加工性向上要求という相反する2つの技術的要求を、一挙に解決できるようにしたものである。このような本願発明特有の効果は、軸の外周面全体を高硬度に焼入れしたところで、あるいは、軸外周面の中央部を高硬度としその軸端近傍部を未焼入れとしたところで、到底得られるものではない。
これに対し、審決認定の引用例2のニードルベアリングの説明の記載(審決書4頁15行~5頁11行)では、その軌道面を高周波焼入れして心部よりも硬化する技術が開示されているだけで、軌道面以外の外表面の熱処理態様や硬度分布、更には内燃機関用ローラ付きカムフォロアへの適用可能性については全く開示されていない。また、審決認定の引用例2の図12に示されたエンジンカムシャフトのフォロアは、前記記載とは直接関連しないものあって、そのベアリング軌道面を有する部材における未焼入れ部位の存否や全体的な硬度分布が不明である。しかも、軌道面以外の面は高周波焼入れされない引用例発明2を、カムフォロアのローラ軸にそのまま適用しても、ローラ軸の軸孔に嵌合される軸部分が高周波焼入れされずに軟らかいまま残るため、本願発明特有の前記効果は期待できないものである。
したがって、審決が、引用例2について、「このニードルベアリングの具体的な適用例として、エンジンカムシャフトのフォロアが第233頁に図面と共に記載されている。これらのことから、第2引用例には、ローラ付カムフォロアのローラ軸の外周軌道面(ニードルと接触する面)を高周波焼入れした点が記載ないし示唆されているものと認められる。更にこの点に加えて、第233頁図12のローラ付カムフォロアの構造を合わせ考えると、軌道面をはずれたローラ軸の両外端面近傍は、高周波焼入れをした軌道面であるローラ軸の中央部よりは硬度が低くなっていものと解される。」(審決書7頁17行~8頁8行)と判断したことは、誤りである。
また、被告は、米国特許第3209446号明細書(甲第8号証)、米国特許第565049号明細書(甲第9号証)、実願昭55-122794号(実開昭57-46110号)のマイクロフィルム(甲第10号証)、特開昭52-6860号公報(乙第2号証)及び実開昭57-205418号のマイクロフィルム(乙第3号証、以下これらの甲乙号各証を「周知例1~5」という。)に基づいて、1本の軸において、未焼入れ部分と焼入れ部分を設ける技術が周知であると主張するが、これらに開示された技術のうち、特に軸の外周面全体を焼入れしているものは、その焼入れ硬化した外周面の外端近傍部が低硬度ではなくて軸端部のかしめ加工性が悪く、一方、軸の外周面中央部を局部的に焼入れしているものは、その外周面の両端部が軸方向に広範囲に未焼入れとなって軟らかいまま残るものである。そのため、これらの周知技術によっても本願発明の前記特有の効果は期待できないのであり、本願発明のように軸の焼入れ硬化した外周面の一部(外端近傍部)を低硬度とすることと、前記周知技術とでは技術的意義が明確に相違する。
したがって、審決が、「上記周知技術をローラ付カムフォロアのローラ軸に適用することに格別の困難性はない。」(審決書8頁18~19行)と判断したことは、誤りである。
2 以上のとおり、引用例発明2及び上記周知技術は、本願発明の前記特有の効果を達成できないだけでなく、内燃機関用動弁カムからの叩かれ荷重を直接受けるようなものではないから、そのような動弁カムからの叩かれ荷重とは無縁の技術であって、内燃機関用ローラ付きカムフォロアに特有の前記技術的課題を解決するために、引用例発明2に周知技術を組み合わせるべき技術的必然性はなく、またそれらをどのように組み合わせても、本願発明が特徴とする焼入れ硬化したローラ軸の外周面の外端面近傍部を中央部(ニードル接触領域)よりも低硬度とする構成は、得られるものではない。
したがって、審決が、本願発明の相違点1の構成について、「第1引用例のローラ付カムフォロアにおいて、ローラ軸の外周面及び両外端部に第2引用例記載の高周波焼入れの技術及び周知のかしめ固定の技術を適用して、本願発明の前記相違点1の構成とすることは当業者が容易に想到し得たことである。」(審決書8頁20行~9頁5行)と判断したことは、誤りである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であって、原告主張の審決取消事由は理由がない。
1 引用例2(甲第7号証)は、日本精工株式会社がユーザー向けに発行したニードルベアリングの総合カタログであり、その目次を参照すると、第1章から第8章には、軸受に関するあらゆる一般的技術事項が網羅されている。そして、228頁以降には、図例集というタイトルで、ニードルベアリングが様々な産業分野で使用されている例が228頁から283頁にわたって、115例も記載されており、その一例として、図12(同号証233頁)にエンジンカムシャフトのフォロアが図示されている。したがって、審決認定の引用例2の軸受に関する技術上の記載事項(同29~30頁)と、その図12の軸受を用いた具体例との間には、関連が存すると解するのが相当である。
そして、上記記載から、「ころ」と接触するローラ軸の軌道面は、高周波焼入れをして表面からある深さまでの高い硬度を有し、ローラ軸の両外端面近傍部は、高周波焼入れされていないからローラ軸材料のそのものの硬度と解され、ニードルと接触する高周波焼入れした軌道面であるローラ軸の中央部より低硬度である。
以上の事項と図12のエンジンカムシャフトのフォロアの構造を照らし合わせれば、「ころ」と接触するローラ付カムフォロアの軌道面は高周波焼入れにより硬度が高く、ローラ軸の他の表面は軌道面の硬度より低くなっていると解するのが相当であり、この点に関する審決の認定(審決書7頁17行~8頁8行)に誤りはない。
そして、引用例発明1は、ローラ軸の外周面の硬度については不明であるが、ローラ付カムフォロアであり、引用例発明2も、ニードルローラベアリングのローラ軸の外周面に硬度を高めるために高周波焼入れを行い、ニードルローラベアリングがローラ付カムフォロアに使われるものであることから、両者は全く同一の技術分野に属するものであり、したがって、引用例発明1に引用例発明2の技術を適用することは自然といえる。
審決は、軸の両端部を未焼入れとして両端部のかしめ固定を容易にする技術は周知技術であると説示し、その例示として、周知例1~3(甲第8~第10号証)を提示したものであり、この周知技術は、周知例4、5(乙第2、第3号証)にも開示されている。そして、軸の両端部のかしめ固定に関する上記周知技術は、機械部品の分野では各種部品に共通の技術であるから、当業者がローラ付カムフォロアのローラ軸に適用することが困難とはいえない。
したがって、この点に関する審決の判断(審決書8頁18~19行)に誤りはない。
原告は、本願発明がローラ軸の両外端面近傍に高周波焼入れした点で引用例発明2のローラ軸の両外端面近傍部に焼入れをしていないものと相違すると主張するが、1本の軸において、軸の両外端面を未焼入れとし、他の部材と接触する軸の中央部、又は軸の両外端面を除いた部分(中央部と近傍部)に焼入れ処理をすることが周知技術である以上、本願発明がローラ軸の両外端面近傍部に高周波焼入れした点は、当業者が前記周知技術に基づき適宜採用できる構成にすぎない。
2 したがって、審決が、「第1引用例のローラ付カムフォロアにおいて、ローラ軸の外周面及び両外端部に第2引用例記載の高周波焼入れの技術及び周知のかしめ固定の技術を適用して、本願発明の前記相違点1の構成とすることは当業者が容易に想到し得たことである。」(審決書8頁20行~9頁5行)と判断したことに、誤りはない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 取消事由(相違点1の判断誤り)について
本願発明と引用例発明1との一致点、各相違点の認定、その相違点1が、「本願発明では、ローラ軸は、その外周面を高周波焼入れする一方、その両外端面を未焼入れとし、しかもそのローラ軸の外周面は、ニードルと接触する中央部よりも両外端面近傍部の方が低硬度であるのに対し、第1引用例の発明は、ローラ軸の硬度については不明である点」(審決書6頁17行~7頁2行)にあることは、当事者間に争いがない。
(1) この相違点1に係る構成につき、本願明細書(甲第3~第5号証)には、「ローラ軸はその外周面を高周波焼入れしたことで、その外周面を十分に硬化させることができるから、吸気弁もしくは排気弁を開閉作動させる際にカムからローラを介して繰り返し受ける大きな負荷、即ち叩かれ荷重によるも、該外周面の変形、摩耗を大幅に低減してローラを常に円滑、軽快に回転させることができて、該弁を常に適正な開閉タイミングで的確に開閉作動させることができる。一方、そのローラ軸の両外端面を未焼入れ、即ち未硬化としたことと、ローラ軸外周面の、かしめ加工部(即ち該軸の両外端面の周縁部)に近い両外端面近傍部が中央のニードル接触部よりも低硬度であることとが相俟って、外周面のニードル接触領域を十分な高硬度に保ちながら、その外端面周縁部のローラ軸孔へのかしめ作業を容易に行うことができるようになり、かしめ容易化のためにローラ軸外端面に対してかしめ加工用凹孔を予め形成する必要や焼鈍、防炭等の処理を特別に施す必要はない。以上の結果、全長に亘り等径の単純ピン形状をなして製造が頗る容易且つ低コストであるローラ軸を使用しながらも、その1つのローラ軸について<1>前記変形、摩耗の低減と、<2>かしめ加工性の向上といった相反する2つの要求を一挙に解決できるようにし、しかもローラ軸に対する前加工や前処理のための工程を極力少なくし且つローラ軸に対する焼入れ処理時間を全体として短縮できるようにして、生産性の向上とコスト節減とに大いに寄与することができる。」(甲第5号証明細書6頁15行~7頁3行)と記載されている。
これらの記載によれば、本願発明は、内燃機関の吸気弁又は排気弁を開閉作動させる際に、カムからローラを介して繰り返し受ける大きな負荷(叩かれ荷重)により、ローラ軸外周面が、ニードルと接触する中央部(軌道面)だけでなく、その両外側に隣接してローラ軸孔に直接嵌合する軸部分や、該軸部分と中央部との境界部分が変形、摩耗するという現象を回避することと、その軸の軸端かしめ加工性を向上させることを技術的課題とし、前示要旨とする構成を採用することにより、ローラ付カムフォロアのローラ軸について、変形摩耗の低減とかしめ加工の向上という、相反する2つの要求を一挙に解決できるようにし、しかも、ローラ軸に対する前加工や前処理のための工程を極力少なくし焼入れ処理時間を全体として短縮できるようにして、生産性の向上とコスト節減とに寄与するという作用効果を奏するものと認められる。
一方、引用例発明1のカムフォロアが、審決認定のとおり、「カムのカム面に接する外輪4の挿入空間を挟んで相対向する一対の足部11を有するヨーク1を、エンジンの吸気弁もしくは排気弁を開閉作動するカムフォロア本体に一体に形成し、前記各足部11を貫通する取付穴15内には、全長に亘り等径に形成される軸2の両端部外周をそれぞれ嵌合させ、この軸2の中間部に前記外輪3をローラ4を介して回転自在に支持させるようにした外輪付カムフォロアにおいて、前記軸2の各外端面を前記各足部11の外端面よりも外方に張り出させずにかしめ固定した外輪付カムフォロア」(審決書3頁17行~4頁7行)であることは当事者に争いがなく、引用例1(甲第6号証)の明細書及び図面によれば、軸2のうちローラ4を介して外輪3を支持している部分のみならず、一対の足部11の取付穴15に嵌合している部分も、カムから外輪を介して繰り返し大きな負荷(叩かれ荷重)を受け、これにより、軸2の取付穴15に嵌合している部分及び境界部分に軸2を変形させようとする応力が発生し、この応力により軸2中央部の軸心が取付穴の軸心に対しわずかに心ずれを起こす可能性があることは、その構造上自明のことと認められる。
(2) そして、引用例2(甲第7号証)は、日本精工株式会社がユーザー向けに発行した、「NSK TORRINGTON ニードルベアリング」に関する総合カタログであり、「軸受荷重、軸受の選定、軸およびハウジングの設計、潤滑と潤滑法、密封装置、取扱い」等のニードルベアリング使用上で必要な技術的事項が記載され、ニードルベアリングが様々な産業分野・技術分野で使用されている例が図示されており、その図12(同233頁)には、ニードルベアリングの適用例の一つとしてエンジンカムシャフトのフォロアに使用されている例が示されている。
このエンジンカムシャフトのフォロアに使用されているニードルベアリングの軸と「ころ」との接触面がカムシャフトの回転により繰り返し応力を受けることは、その構造・作用に照らして明らかであるところ、引用例2には、「ニードルベアリングの軌道輪と ころ は極めて小さい接触面で繰り返し応力を受けるので、直接軌道輪となる軸またはハウジングの材料は、硬さが硬く、永久変形を生じにくく、また、転がり疲れ寿命の長いことが必要である.その他耐摩耗性、耐衝撃性、寸法安定性なども要求される.」(同号証29頁左欄下から3行~右欄下から2行)ことを指摘し、「浸炭焼入れあるいは高周波数焼入れによって軌道面を硬化する場合には、その表面硬さをHRC58~64(HRC60~64が望ましい)の値にするだけでなく、ビッカース硬さHV653(HRC58)とHV550(HRC52.3)の硬化層が、それぞれ適切な深さまで必要である.」(同30頁右欄2~6行)として、軌道輪となる軸に浸炭焼入れや高周波焼入れなどを行うことによって軌道面を硬化する手段が開示されている。
そうすると、上記図12に示されるようなエンジンカムシャフトのフォロアにおいて、軸のうち「ころ」と直接接触する軌道面は、最も強く繰り返し応力を受けるのであるから、引用例2の上記記載に従い、その軌道面に高周波焼入れを施し高硬度化する必要のあることは、当業者にとって容易に理解できるところであり、また、「ころ」と直接接触する軌道面以外の軸の部分は、軌道面ほどには応力を受けないとしても、軸の変形防止のために必要な場合には、これに応じた一定の硬化処理を行う必要があることも、引用例2の上記記載に示される技術内容から、当業者であれば容易に理解できることと認められる。これに反する原告の主張は、採用できない。
(3) 次に、かしめ加工につき、「機械部品の分野では、ある部材に軸部材をかしめ固定するに際し、かしめ固定を容易にするために、軸の両端部を未焼入れとすることが従来周知の技術」(審決書8頁9~12行)であることは、当事者間に争いがなく、この場合、焼入れ硬化した軸をかしめ加工するについて、軸端面を未焼入れにするだけでは、かしめ加工がなお容易にできないようなときには、軸端面の近傍部の焼入れ硬度を適宜低くすれば、かしめ加工がより容易になることも、当業者が当然に考えることであると認められる。
原告は、周知例1~5(甲第8~第10号証、乙第2、第3号証)に開示された技術のうち、特に軸の外周面全体を焼入れしているものは、その焼入れ硬化した外周面の外端近傍部が低硬度ではなく、軸端部のかしめ加工性が悪く、一方、軸の外周面中央部を局部的に焼入れしているものは、その外周面の両端部が広範囲に未焼入れとなって軟らかいまま残るものであり、本願発明のように軸の焼入れ硬化した外周面の一部(外端近傍部)を低硬度とすることと、前記周知技術とでは技術的意義が明確に相違すると主張する。
確かに、周知例1~5(甲第8~第10号証、乙第2、第3号証)は、直接的には、焼入れ処理した軸の端部のかしめ加工を容易にするため軸端面を未焼入れとする技術を開示するものであるが、前示のとおり、焼入れ硬化した軸をかしめ加工するのに際し、軸端面を未焼入れとするだけでなく、その近傍の軸硬度を適宜低くすれば、かしめ加工がより容易になることは、当業者が必要に応じ行うことができる程度のことと認められるから、本願発明の未焼入れ軸端面近傍の焼入れ硬度を低くする構成は、当業者が予測できることであり、その作用効果も予測できる範囲内のものということができる。原告の上記主張は採用できない。
(4) 以上の事実に基づけば、相違点1に係る本願発明の「ローラ軸(13)は、その外周面を高周波焼入れする一方、その両外端面を未焼入れとし、しかもそのローラ軸(13)の外周面は、前記ニードル(15a)と接触する中央部よりも両外端面近傍部の方が低硬度」とする構成は、内燃機関用ローラ付カムフォロアにおける大きな負荷(叩かれ荷重)による変形防止という技術的課題の観点からも、また、軸端のかしめ加工性を向上させるという技術的課題の観点からも、当業者が矛盾なく容易に導くことができるものであり、引用例発明1において、この構成を採用することにより、本願発明の有する前示作用効果を奏するに到ることも、当業者が予測できる範囲内のことというべきである。
したがって、審決が本願発明の相違点1の構成について、「第1引用例のローラ付カムフォロアにおいて、ローラ軸の外周面及び両外端部に第2引用例記載の高周波焼入れの技術及び周知のかしめ固定の技術を適用して、本願発明の前記相違点1の構成とすることは当業者が容易に想到し得たことである。」(審決書8頁20行~9頁5行)と判断したことに、誤りはない。
2 以上のとおり、原告の取消事由の主張は理由がなく、その他審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)
平成3年審判第1101号
審決
東京都港区南青山2丁目1番1号
請求人 本田技研工業株式会社
東京都港区新橋5丁目9番1号 野村不動産新橋5丁目ビル 落合特許事務所
代理人弁理士 落合健
昭和60年特許願第146241号「ローラ付カムフォロア」拒絶査定に対する審判事件(平成6年3月2日出願公告、特公平6-15811)について、次のとおり審決する.
結論
本件審判の請求は、成り立たない.
理由
(Ⅰ) 本願は、昭和60年7月3日に出願されたものであって、その発明の要旨は、出願公告後の平成6年12月27日付け手続補正書により補正された明細書と図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された下記のとおりのものと認める。
「カム(10)のカム面に接するローラ(9)の挿入空間(11)を挟んで相対向する一対の支持壁(W1、W2)を有するローラ保持部(1a)を、内燃機関の吸気弁もしくは排気弁(7)を開閉作動させるカムフォロア本体(1)に一体に形成し、前記各支持壁(W1、W2)を貫通するローラ軸孔(12)内には、全長に亘り等径に形成されるローラ軸(13)の両端部外周をそれぞれ嵌合させ、このローラ軸(13)の中間部に前記ローラ(9)をニードル(15a)を介して回転自在に支持させるようにした、ローラ付カムフォロアにおいて、前記ローラ軸(13)は、その外周面を高周波焼入れする一方、その両外端面を未焼入れとし、しかもそのローラ軸(13)の外周面は、前記ニードル(15a)と接触する中央部よりも両外端面近傍部の方が低硬度であり、前記ローラ軸(13)の各外端面周縁部を、対応する各ローラ軸孔(12)の外端縁に形成されて各支持壁(W1、W2)外端面に向かって拡がる面取り部(16)に、該ローラ軸(13)の各外端面を前記各支持壁(W1、W2)の前記外端面よりも外方へ張り出させずにかしめ固定(17)したことを特徴とする、ローラ付カムフォロア。」
(Ⅱ)これに対して、異議申立人、木下憲男の提出した、本願の出願前頒布された実願昭58-180156号(実開昭60-88016号)のマイクロフィルム(以下「第1引用例」という。)には次の発明が記載されている。
「カムのカム面に接する外輪4の挿入空間を挟んで相対向する一対の足部11を有するヨーク1を、エンジンの吸気弁もしくは排気弁を開閉作動するカムフォロア本体に一体に形成し、前記各足部11を貫通する取付穴15内には、全長に亘り等径に形成される軸2の両端部外周をそれぞれ嵌合させ、この軸2の中間部に前記外輪3をローラ4を介して回転自在に支持させるようにした外輪付カムフォロアにおいて、前記軸2の各外端面を前記各足部11の外端面よりも外方に張り出させずにかしめ固定した外輪付カムフォロア。」(第3図、第4図及び第5図とその関連説明)
また、同じく提出した、本願の出願前頒布された日本精工株式会社のカタログ「NSK TORRINGTON NEEDLE ROLLER BEARINGS Pr.No.1415」1983年発行(以下「第2引用例」という。)には下記の事項が記載されている。
「5.3軌道面の材質と熱処理
ニードルベアリングの軌道輪ところは極めて小さい接触面で繰り返し応力を受けるので、直接軌道輪となる軸またはハウジングの材料は、硬さが高く、永久変形を生じにくく、また、転がり疲れ寿命の長いことが必要である。その他耐摩耗性、耐衝撃性、寸法安定性なども要求される。」(第29頁)
また、第30頁には、「浸炭焼入れあるいは高周波数焼入れによって軌道面を硬化する場合には、その表面硬さをHRC58~64(HRC60~64が望ましい)の値にするだけでなく、ビッカース硬さHV653(HRC58)とHV550(HRC52.3)の硬化層が、それぞれ適切な深さまで必要である。硬さがこれ以下になると軸受の疲れ寿命が急激に低下する(14ページ参照)。」が記載されている。
更に、ニードルベアリングの適用例として、第233頁の図12に「エンジンカムシャフトのフォロア」が記載されている。
(Ⅲ)そこで、本願発明と第1引用例に記載された発明とを対比検討すると、第1引用例における「外輪3」、「一対の足部11」、「ヨーク1」、「取付穴15」、「軸2」、及び「ローラ4」は、夫々本願発明の「ローラ9」、「一対の支持壁(W1、W2)」、「ローラ保持部(1a)」、「ローラ軸孔(12)」、「ローラ軸(13)」及び「ニードル(15a)」に相当するから、両者は、「カムのカム面に接するローラの挿入空間を挟んで相対向する一対の支持壁を有するローラ保持部を、内燃機関の吸気弁もしくは排気弁を開閉作動させるカムフォロア本体に一体に形成し、前記各支持壁を貫通するローラ軸孔内には、全長に亘り等径に形成されるローラ軸の両端部外周をそれぞれ嵌合させ、このローラ軸の中間部に前記ローラをニードルを介して回転自在に支持させるようにした、ローラ付カムフォロアにおいて、前記ローラ軸の各外端面を前記各支持壁の外端面よりも外方に張り出さずにかしめ固定したローラ付カムフォロア。」の点で一致し、下記の点で相違する。
相違点1:
本願発明では、ローラ軸は、その外周面を高周波焼入れする一方、その両外端面を未焼入れとし、しかもそのローラ軸の外周面は、ニードルと接触する中央部よりも両外端面近傍部の方が低硬度であるのに対し、第1引用例の発明は、ローラ軸の硬度については不明である点。
相違点2:
本願発明は、ローラ軸孔の両外端縁に各支持壁外端面に向かって拡がる面取り部を形成したのに対し、第1引用例の発明は、ローラ軸孔の両外端縁に面取り部が形成されていない点。
(Ⅳ)上記相違点について検討する。
相違点1:
第2引用例の第29頁及び第30頁には、ニードルベアリングの軌道輪となる軸の材料は、硬さが高く、永久変形を生じにくいことが必要であること、その他耐摩耗性、耐衝撃性も要求されることが記載されている。そして、軸の材料の具体例を提示し、硬度を高くする手段として、高周波焼入れすることにより軌道面を硬化することが記載されている。更に、このニードルベアリングの具体的な適用例として、エンジンカムシャフトのフォロアが第233頁に図面と共に記載されている。これらのことから、第2引用例には、ローラ付力ムフォロアのローラ軸の外周軌道面(ニードルと接触する面)を高周波焼入れした点が記載ないし示唆されているものと認められる。更にこの点に加えて、第233頁図12のローラ付カムフォロアの構造を合わせ考えると、軌道面をはずれたローラ軸の両外端面近傍は、高周波焼入れをした軌道面であるローラ軸の中央部よりは硬度が低くなっているものと解される。
そして、機械部品の分野では、ある部材に軸部材をかしめ固定するに際し、かしめ固定を容易にするために、軸の両端部を未焼入れとすることが従来周知の技術(例えば、米国特許第3209446号明細書、米国特許第565049号明細書及び実願昭55-122794号(実開昭57-46110号)のマイクロフィルム等参照。)であり、かしめ固定に関する技術は、機械部品の分野では各種部品に共通の普遍的技術といえるから、上記周知技術をローラ付カムフォロアのローラ軸に適用することに格別の困難性はない。
以上の検討から、第1引用例のローラ付カムフォロアにおいて、ローラ軸の外周面及び両外端部に第2引用例記載の高周波焼入れの技術及び周知のかしめ固定の技術を適用して、本願発明の前記相違点1の構成とすることは当業者が容易に想到し得たことである。
相違点2:
ローラ軸を各支持壁の一方または双方にかしめ固定するにあたり、ローラ軸孔の両外端濠に各支持壁外端面に向かって拡がる面取り部を設けることも従来周知の技術(例えば、米国特許第3209446号明細書、米国特許第2935878号明細書、米国特許第3139076号明細書及び米国特許第4152953号明細書等参照。)であり、前記相違点1で述べた様に、かしめ固定技術は機械部品の分野で共通の技術であるから、本願発明の前記相違点2の構成は、単にかしめ固定に関する従来周知の技術を採用したにすぎない。
そして、明細書に記載された本願発明の要旨とする構成によってもたらされる効果は、第1引用例及び第2引用例に記載されているか、あるいはそれらのものから予測できる効果に、単に周知技術のもつ効果を加えたものであって、格別なものではない。
(Ⅴ)以上の通りであるから、本願発明は、第1引用例、第2引用例に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成7年9月18日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)